ヒスイです。
Instagramのフォロワーが3万人を超えた。ブランド名でハッシュタグを検索すれば、投稿がずらりと並ぶ。パッケージの色味、投稿のトーン、ECサイトのドメイン名。すべてをそのブランド名を軸にして作り上げてきた。
BASEやSTORESでの売上も安定してきて、そろそろ越境ECも視野に入れたい。「このブランド名は、自分の名刺そのものだ」──そう感じている方に、この記事を読んでほしいと思っています。
ここからお伝えするのは、そのブランド名がある日突然使えなくなるかもしれない、という話です。
想像してみてください。ある月曜日、事務所に届いた封書を開ける。中にはこう書かれている。
「貴殿が使用している名称は、当社が商標権を有する登録商標と同一であり、商標権の侵害に該当します。つきましては、当該名称の使用を速やかに中止するよう求めます。」
差出人は、聞いたこともない会社の代理人。添付されているのは、特許庁が発行した商標登録証のコピー。
これは創作ではありますが、荒唐無稽な話ではありません。日本の商標制度の仕組みを知ると、これが誰の身にも起こりうることだとわかります。
この記事では、なぜこういうことが起きるのかを法律の条文に沿って解説し、今日からできる備えを具体的にお伝えします。
日本の商標制度は「先願主義」──先に出願した人が権利を得る
なぜ、自分が育ててきたブランド名を、見ず知らずの他人が「うちの権利だ」と主張できるのか。
その答えは、日本の商標制度が先願主義、つまり先に特許庁へ出願した人を優先する仕組みを採用していることにあります。
商標法第8条第1項は、同一又は類似の商品・役務について使用する同一又は類似の商標について、異なった日に二以上の出願があった場合は、最先の出願人のみが商標登録を受けられる旨を定めています。日本の商標制度は「先に使い始めた人」よりも「先に出願した人」を基準に権利化が進む、いわゆる先願主義の制度です。
出典:商標法(e-Gov法令検索)
つまり、ブランド名を3年前からSNSで使っていたとしても、別の誰かがそのブランド名を先に出願し、審査を経て登録されれば、原則としてその登録に基づく商標権はその人に発生します。
ただし、一定の場合には後述する先使用権が成立する余地もあります。もっとも、そのハードルは高く、単に「先に使っていた」だけで常に守られるわけではありません。
フォロワー数や投稿数、売上実績があるだけで、先に出願した人より当然に優先されるわけではありません。
では、どれくらいの頻度で商標は出願されているのか。特許庁の統計を確認します。
特許庁の発表によると、2024年の商標登録出願件数は158,792件でした。前年よりは減少していますが、それでも年間約16万件、1日あたりに直すと430件超の出願があります。
※なお、2025年の商標登録出願件数は168,114件と増加に転じています(出典:特許庁ステータスレポート2026)。
出典:特許庁「特許行政年次報告書2025年版をとりまとめました」/特許庁「特許庁ステータスレポート2026」
自分のブランドと同じ分野で、似た名称が出願されていたとしても、こちらが気づくことは通常ありません。
ブランド名の使用中止、パッケージの廃棄まで求められることがある
警告書が届いたとして、無視すればいいのか。残念ながら、そう簡単にはいきません。
商標権を持っている側には、法律上の差止請求権があります。これが、冒頭のシナリオで相手方が根拠にしている権利です。
「商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」
出典:商標法第36条第1項(e-Gov法令検索)
つまり、商標権者は「その名前を使うのをやめてください」と法的に要求できます。少なくとも差止請求の場面では、「知らなかった」というだけで使用継続が認められるとは限りません。
しかも、使用の停止だけでは終わらない可能性があります。同条第2項により、ケースによっては、ブランド名が表示されたパッケージや販促物などについて廃棄等を求められることがあります。
具体的に何が起きるか、整理します。
- ブランド名入りのパッケージは在庫分も含めて使えなくなる可能性がある
- ECサイトのブランド名表記を差し替えなければならない
- ショップカード、名刺、リーフレットなどを刷り直す必要が出る
- Instagramのアカウント名やハッシュタグ戦略も見直しになる
- ドメイン名の変更が必要になる場合もある
小規模なコスメブランドにとって、これは単なる「名前の変更」ではなく、事業の再構築に近いインパクトです。
「先に使っていた」は思ったほど強くない
「でも、自分の方が先に使っていたのだから、法律で守ってもらえるのでは」
その気持ちはわかります。実際、商標法には先使用権という制度があります。しかし、この制度が適用されるハードルは、想像よりもずっと高いです。
商標法第32条第1項は、先使用権が認められる条件として、他人の商標登録出願の際に、現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていることなどを求めています。
出典:商標法第32条第1項(e-Gov法令検索)
ここで言う「需要者の間に広く認識されている」とは、一般に周知と呼ばれる状態です。
「周知」の認定では、たとえば次のような事情が見られます。
- 販売数量
- 販売地域の広がり
- 広告宣伝の規模
- 継続的な使用実績
- メディア掲載の状況
- 売上資料や取引資料などの客観的証拠
Instagramのフォロワーが3万人いることは有力な事情の一つにはなり得ますが、それ自体だけで直ちに「周知」と認められるとは限りません。
先使用権はあくまで最後の防衛線であり、「先に使っていれば大丈夫」という思い込みは危険です。
海外ではさらに深刻──化粧品ブランドの先取りが実際に起きている
越境ECやインバウンド需要を見据えている方にとっては、国内だけでなく海外でのリスクも無視できません。
中国では、日本企業のブランド名を無関係の第三者が先に出願する冒認出願が長年の問題になっています。
「最近中国において、日本の地名や地域団体商標を第三者が商標出願又は登録するという問題(冒認出願問題)が発生しています。もし中国で第三者による商標登録が認められてしまうと、その商標を用いて日本から中国に輸出したり、中国で製造や販売をする場合、商標権侵害で訴えられる可能性があります。」
出典:JETRO「中国での商標の冒認出願問題への対応」
※このリーフレットは改正前の中国商標法に基づく記載を含みますが、冒認出願問題の構造自体は現在も同様です。
「地名やご当地ブランドの話でしょう」と思われるかもしれませんが、化粧品ブランドでも実際に起きています。
伊勢半「ヒロインメイク」の事例
1825年創業の化粧品メーカー伊勢半は、マスカラやアイライナーで人気の「ヒロインメイク」シリーズを世界15の国と地域で展開している企業です。社員約350人のうち、知財担当のブランド管理部(旧・知財管理部、2025年3月に改称)は6名、弁理士が2名という体制を敷いています。
それでも、中国での冒認出願には十分な対応ができていなかったと、JETROの取材記事で語られています。
「冒認出願へは十分な対応ができておらず、コーポレートブランドの『KISSME(キスミー)』は、第三者により『Kiss Me○○○○』で権利が取得されていたものの、それを無効取り消し審判や異議申し立てをするなどの対策が遅れていた。」
出典:JETRO「伊勢半の模倣品対策、『ものづくり』企業としてブランドと信頼を守る」
知財の専門スタッフがいる企業ですら後手に回る。個人や小規模で運営しているブランドにとって、この事実は重く受け止めるべきだと思います。
今日できること──J-PlatPatでブランド名を調べる
ここからは「では何をすればいいか」の話です。
最初にやるべきことは、自分のブランド名がすでに他の誰かに商標登録されていないかを確認することです。これは無料で、今日すぐにできます。
特許庁が案内している特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を使います。
「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を使うと、商標を無料で閲覧することができます。」
出典:特許庁「商標を検索してみましょう」
検索対象種別から「出願・登録情報」を選び、検索項目のプルダウンで「称呼(類似検索)」を選択します。自分のブランド名の読みを全角カタカナで入力して検索します。
「称呼(類似検索)」を使う理由は、完全一致する名称だけでなく、読みが似ている商標まで広く拾えるためです。たとえばブランド名が「ルミエラ」なら、「ルミエール」「ルミエア」なども候補に上がり得ます。
絞り込みが必要なときは、類似群コードを併用します。たとえば、化粧品は第3類に属し、代表的な類似群コードは「04C01」です。
特許庁の公式案内でも、絞り込みの際に類似群コードを併せて使うと便利だと案内されています。
出典:特許庁「初めてだったらここを読む~商標出願のいろは~」
検索結果が表示されたら、以下の3点を確認してください。
1つ目:出願人/権利者
自分と無関係の個人や法人が、同じ名称や近い名称を出願・登録していないかを見ます。
2つ目:指定商品・指定役務
同じ名称でも、指定されている商品・役務が自分の事業と大きく異なる場合、直ちに問題にならないことがあります。
3つ目:権利状態
「存続―登録」など、有効に存続していることを示す表示かどうかを確認します。「拒絶」や「放棄」などであれば、通常は権利が発生していません。
この検索はあくまで簡易調査です。特許庁も、検索の仕方によっては網羅的に検索できていない可能性があること、情報の反映にタイムラグがあることを案内しています。検索項目やキーワードを変えながら複数回確認するのが大切です。
また、商標の類否や先使用権の成否は個別事情によって左右されるため、最終的には弁理士・弁護士などの専門家への確認が望まれます。
商標登録の費用と期間の目安
「商標登録って高いのでは」と感じるかもしれません。特許庁に支払う法定費用だけであれば、金額は以下のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 出願料(1区分の場合) | 3,400円+(8,600円×1区分)= 12,000円 |
| 登録料(1区分の場合) | 32,900円×1区分 = 32,900円 |
| 合計(10年間の商標権) | 44,900円 |
| 登録料を分割納付する場合(前期分) | 17,200円 |
| 分割納付の場合の初期費用合計 | 29,200円 |
出典:特許庁「初めてだったらここを読む~商標出願のいろは~」/特許庁「産業財産権関係料金一覧」
化粧品のみの出願であれば通常は1区分です。出願時に12,000円、審査を通過した後の登録時に32,900円。合計44,900円で、10年間の商標権が得られます。
登録料は5年ごとの分割納付も可能で、その場合は前期分17,200円です。つまり、出願料と合わせて29,200円でスタートできます。
知財の専門家に手続きを依頼する場合は、これに加えて手数料がかかりますが、特許庁への法定費用だけなら、ブランド立ち上げ初期でも十分に検討できる金額です。
審査期間は時期により変動しますが、商標審査における最初の審査結果通知までの期間(FA期間)は、近年おおむね6~7か月前後で推移しています(2023年:5.8か月、2024年:6.9か月、2024年度:6.8か月)。早期審査制度を利用すれば、さらに短縮される場合もあります。
出典:特許庁「特許行政年次報告書2025年版」/特許庁「特許庁ステータスレポート2026」
専門家に相談すべきタイミング
J-PlatPatで調べた結果、以下のいずれかに当てはまる場合は、知財の専門家への相談を検討してください。
- 自分のブランド名と似た登録商標が見つかった場合
-
「似ている」と「法的に類似」は一致しません。自分の感覚だけで結論を出すのは危険です。
- すでに警告書や通知を受け取っている場合
-
その請求が法的にどこまで妥当なのか、どう対応すべきかは、初動で大きく変わります。放置はおすすめできません。
- 海外での販売を考えている場合
-
日本での商標登録は、日本国内での効力が基本です。海外では国ごとに出願戦略を考える必要があります。
- 出願を自分でやるか迷っている場合
-
出願書類自体は本人でも作成できますが、区分の選び方、指定商品の書き方、拒絶理由通知への対応には専門知識が必要になることがあります。
まとめ
SNSでどれだけフォロワーを集めても、商標登録をしていなければ、そのブランド名について十分な法的防御ができるとは限りません。日本の商標制度は、原則として先に出願した人を軸に権利化が進む仕組みであり、商標権者は使用の差止めから、場合によってはパッケージや販促物の廃棄等まで求める法的手段を持っています。
まず今日、J-PlatPat(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/)で自分のブランド名を検索してみてください。化粧品であれば、たとえば類似群コード「04C01」で絞り込むことができます。数分で終わる作業が、ブランドを守る最初の一歩になります。
出典一覧
- 商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第8条第1項、第32条第1項、第36条第1項・第2項 ── e-Gov法令検索
- 特許庁「特許行政年次報告書2025年版をとりまとめました」
- 特許庁「特許庁ステータスレポート2026」
- 特許庁「初めてだったらここを読む~商標出願のいろは~」
- 特許庁「商標を検索してみましょう」
- 特許庁「産業財産権関係料金一覧」
- JETRO「中国での商標の冒認出願問題への対応」
- JETRO「伊勢半の模倣品対策、『ものづくり』企業としてブランドと信頼を守る」
- 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)