朝のビフォーアフター写真。
施術中の手元動画。
お客様の声をまとめたストーリーズ。
夜、閉店後に書くキャプション。
その一つひとつに、あなたのサロン名が載っています。
プロフィール欄にも。
ハッシュタグにも。
リールの冒頭テロップにも。
もし独自のメソッド名やコース名を掲げているなら、その名前も毎日、何百人・何千人の目に触れています。
フォロワーが500人から1,000人に増えたとき。
3,000人を超えてDMで予約が入り始めたとき。
あなたの名前を知る人は、確実に増えています。
これはSNS集客の成果そのものです。
本当に素晴らしいことです。
ただ、少しだけ想像してみてください。
あなたの名前を見て「いい名前だな」と思った人が、もしその名前を自分のサロンに使い始めたら。
あるいは、あなたのメソッド名に似た名前で講座を開き始めたら。
「まさか、そんなこと起きないでしょ」と思うかもしれません。
でも、Instagram上では、なりすましやブランド名・屋号に関するトラブルが起こり得ます。
実際にInstagramは、商標権侵害を報告するための公式フォームを用意しています。
Instagramのヘルプセンターでは、商標について次のように説明されています。
「商標とは、ある人物、グループ、企業が提供する製品またはサービスを別の当事者のそれと区別する文言、スローガン、シンボル、またはデザイン(ブランド名やロゴなど)を意味します。」
出典:Instagramヘルプセンター「知的財産権について」(https://help.instagram.com/535503073130320?locale=ja_JP)
つまり、Instagramの世界でも、ブランド名を守るという考え方そのものは前提として存在しているのです。
ただし、その仕組みを使って対応を求めるには、少なくとも自分に商標上の権利があることを説明できる状態であることが重要です。
商標登録があると、その根拠を示しやすくなります。
名前の権利は、「使っているだけ」で自動的に守られるとは限らない
ここで知っておいてほしいことがひとつあります。
日本の商標制度は、原則として「先に使い始めた人」ではなく、先に商標出願した人が登録を受けやすい仕組みです。
いわゆる先願主義です。
特許庁が発行している「事例から学ぶ 商標活用ガイド2024」にも、次のように書かれています。
「商標登録は、基本的に早い者勝ち。どちらが先に使い始めたかではなく、どちらが先に商標出願したかが重要。」
出典:特許庁「事例から学ぶ 商標活用ガイド2024」(https://www.jpo.go.jp/support/example/document/trademark_guide2024/guide01.pdf)
もちろん、これは何でもかんでも「先に出願した人の勝ち」というほど単純ではありません。
同じ・似た名前を、同じ・似たサービス分野で使う場合などが前提ですし、法律上の例外もあります。
それでも、実務上は、“長く使っていた”だけでは安心できないのが現実です。
たとえば、あなたが3年前からその名前で営業していたとしても、後から第三者が同じ・似た名前を先に出願し、登録まで受けてしまうと、あなたの側が不利になる可能性があります。
「でも、先に使っていたなら守られるんじゃないの?」と感じる方もいると思います。
実際、商標法には、一定の場合に先に使っていた側を保護する先使用権という制度もあります。
ただ、この先使用権は、単に早く使っていたというだけで当然に認められるものではありません。
一定の範囲で需要者に広く認識されていたことなど、要件を満たす必要があります。
実際に、長年使っていた名前でも争いになった事例がある
大阪では、平成元年頃から東大阪市で「cache(カーシェ)」という名称で美容室を営業していた事業者が、同じ「Cache」の名称で大阪市内にて美容室を営業し、後にその名称を商標登録した別の事業者から、商標権侵害として訴えられた事例があります。
この事案では、約23年にわたり「cache(カーシェ)」の名称を用いて営業していた側が先使用権を主張しましたが、裁判所は、特段の広告宣伝活動をしていなかったことなどを踏まえ、「需要者の間に広く認識されている」とは認められないとして、先使用権を認めませんでした。
なお、判決文によれば、被告側は判決に先立ち、原告からの通知を受けて自主的に名称変更を行っていました。
23年使っていたから自動的に守られたわけではなかったという点です。
長く続けてきたこと。
常連さんとの関係。
看板への愛着。
地域での認知。
そうしたものが大切であることは間違いありません。
でも、商標の世界では、大切に育ててきた名前が、そのまま当然に守られるとは限らないのです。
脅したいわけではありません。
ただ、この仕組みを知らないまま発信だけを続けていると、名前の認知が広がるほど、第三者に先回りされるリスクも広がっていく。
その構造だけは、頭の片隅に置いておいてほしいのです。
名前を「権利として整えておく」と、未来の選択肢が広がる
ここまで少し重い話が続きました。
でも、ここからは前向きな話です。
名前の権利をきちんと整えておくと、日々の仕事の安心感が変わります。
具体的に、こんな場面を想像してみてください。
1. Instagramで似た名前のアカウントが出てきたとき
もし誰かがあなたのサロン名に似た名前でInstagramアカウントを作ったとき。
商標登録があれば、Instagramの公式フォームを通じて、権利の根拠を示しながら対応を求めやすくなります。
登録がない場合は、その根拠を説明するハードルが上がることがあります。
2. オリジナルメソッドの講座をつくりたいとき
もしあなたが独自メソッドの認定講座や講習を作りたいと思ったとき。
「この名称は商標登録済みです」という一文があるだけで、受講を検討する人にとっては安心材料になります。
名前をきちんと扱っていること自体が、信頼感につながることがあります。
3. 2店舗目、3店舗目へ展開したいとき
もし2店舗目を出す計画が浮かんだとき。
同じ名前で展開していくなら、あらかじめ権利関係を整えておくことが安心につながります。
あとから「その名前、使えません」とならないための土台づくりです。
4. 将来、事業を引き継ぎたいとき
もし将来、事業を誰かに引き継ぎたいと思ったとき。
商標権のような知的財産が整理されている事業は、事業承継や譲渡の場面でプラス要素として評価されることがあります。
そして何より大きいのは、毎日Instagramに投稿するときに、「この名前は、自分の事業の名前としてちゃんと整えている」という安心感を持てることです。
発信のたびに育っていく名前だからこそ、その名前をどう守るかは、後回しにしないほうがいい。
名前を出願・登録しておくことは、今の仕事を守る行為であると同時に、これから広がる未来の選択肢を増やす行為でもあります。
まとめ
Instagramで発信を頑張るほど、あなたのサロン名やメソッド名は多くの人に届きます。
それは素晴らしい成果です。
ただ、その一方で、名前の認知が広がるほど、第三者に似た名前を使われたり、先に出願されたりするリスクも意識しておいたほうがいい時代です。
- 日本の商標制度は、原則として先願主義(先に出願した人が優先される)
- 同じ・似た名前を同じ・似た分野で使う場面では、先に使っていたかより、先に出願しているかが重要になることがある
- 先使用権などの例外はあるが、簡単に認められるとは限らない
「まだ早いかな」と思っている今こそ、実は一番動きやすいタイミングかもしれません。
あなたが毎日の投稿で育ててきた名前が、ちゃんとあなたの事業の土台として残っていくように。
そのために、一度立ち止まって「名前の守り方」を考えてみてもいいのではないでしょうか。
出典一覧
- Instagramヘルプセンター「知的財産権について」
https://help.instagram.com/535503073130320?locale=ja_JP - Instagramヘルプセンター「商標権侵害の報告に必要な情報」
https://help.instagram.com/364771763628260/ - 特許庁「事例から学ぶ 商標活用ガイド2024」
https://www.jpo.go.jp/support/example/document/trademark_guide2024/guide01.pdf - 商標法第8条(先願) e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127 - 商標法第32条(先使用による商標の使用をする権利) e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000127 - 大阪地方裁判所 平成25年1月24日判決(平成24年(ワ)第6896号)商標権侵害差止等請求事件
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-83001.pdf